じゃあどんなアナ雪だったら満足なんだ?
semimaruclimb.hatenablog.com
『アナと雪の女王』が差別的であるとして厳しく非難されている。
いちアナ雪ファンとしてもこれについて考えたい。
1.アナはどんな奴ならよかったの?
立場の対等な者同士、もしくは権力を持つ側が持たざる者に対して献身した場合、それは崇高な行為として美談にもなるだろう。だが権力を持たない側が権力者に対して献身しても、それはただの搾取となる。
作品中で、サーミ人のクリストフは随分と搾取されている。道案内の依頼だったはずが、途中からレスキュー隊員役をやっているし(当初の契約と異なる過重労働は搾取の基本)、支配層であるアナと関わって余計に貧困に陥っている。崖のシーンにおいても、クリストフはなんとかアナに手を伸ばそうとして無理な姿勢を取ったのが災いして頭を強打して気絶しかけている一方、アナはザイルを解いて自分だけ助かろうとしている。
そして、財産をごっそり失って身一つになってしまったクリストフは、何の報酬も支払われないまま厳寒の戸外に締め出され、野垂れ死に寸前にまで追い込まれる。
アナとクリストフの楽しく危険な冒険の道行きについて、
「あれはただの唾棄すべき搾取が描かれてるのだ」とこの人は指摘する。
根拠はアナがクリストフの足引っ張って色々迷惑かけるからだと。
では、
アナが年齢や生い立ちに全くそぐわないほどしっかりした奴で
雪山という人生初・完全アウェイのフィールドでもバリバリに能力を発揮して
山育ちのクリストフと五分五分かそれ以上に助け合う展開だったら、
この人は「美談である」として満足したのか?*1
実際の歴史でも、少数民族の扱いなどそんなもので、せっかくリアリティを出したのに、それが「不当な収奪」として描写されているようには見えない。
アナがクリストフに迷惑かけ通してることは観客に理解できるようになってるし、それについてアナもクリストフも「身分(もしくは人種)が違うのだから当然」とはしていない。アナがクリストフに与えた迷惑や損失はちゃんと不当なものとして描かれていると思うがこの人にはそうは見えないらしい。
ラストでようやくまともな対価が支払われたのがファンタジーではあるが。
ほらやっぱりこの人は、
アナ姉妹からお詫び&弁償&報酬の支払が行なわれて
クリストフへの債務があったことを確認されてても満足しない。
クリストフがアナに迷惑を掛けられれば「アナは搾取者だ」と文句を言うし、
クリストフがアナに丁重に扱われれば「ファンタジーだ」と文句を言う。
運動部指導者のよくやる、どっちの答えを言っても怒られるお説教のようだ。
2.映画はどんなものになればよかったの?
ある視点から作品にツッコミや不満を入れていくのはいいことだけども
この人の書き様からはなんか「正解の無い減点方式チェック」の気配がする。
アナ雪は差別的であるというテーマで相当長々書きながら
「私に言わせればアナ雪のお話はこうなるべきだった」を全く書かない。
これだけ熱心な人がそれを書かないというのは、持ち合わせがないからとしか思えない。
少なくとも「こことここを手直しすれば」のような落とし所はこの人の中にない。
「こうなれば満足した」というイメージすら持たずに
散発的に苦情をぶっつけていくというなら
これはディズニーからすれば相互理解や和解が難しい相手だ。
3.非難される側の立場は考えてるの?
アナ雪のOK像は示されないが
この人がOKを出す映画自体はこの世に存在するようだ。文中にも紹介されてる。
2008年に公開されたノルウェイ映画《Kautokeino-opprøret》(英語タイトル《The Kautokeino Rebellion》、日本未公開)を挙げておきたい。監督・脚本を手がけた Nils Gaup も、主演の Anni-Kristiina Juuso 及び Mikkel Gaup もサーミ人である。
1852年、カウトケイノという町でサーミ人たちが暴動を起こした歴史上の事件を題材にした作品であり、暴動そのものよりも、暴動を生み出した社会的背景の描写に主眼を置いている。
当時のサーミ人の生活様式が詳しく描写されている。同化政策が施行され、何重もの搾取によりサーミ人たちが借金漬けになり、それが支配層の資金源になっている状況も描かれている。
なかなか興味を引かれる。
元気出したい時にチョイス出来る感じではなさそうだし
子供は絶対泣くか騒ぐかするから連れて行けないが
見応えのありそうな映画だ。
……ん?
まさかこの人は
アナ雪もこの《Kautokeino-opprøret》に準ずるレベルとウエイトで
サーミ人の歴史を念入りに描くべきだったと主張してるのだろうか?
そりゃあ無理だろ。
それだともうコンセプトからマーケティングからまるっきり別の作品になる。
無理な場合はもう一つの選択肢があるらしい。
民族差別問題を生半可に甘く扱うくらいなら、いっそのことクリストフもゲルマン人だということにして、PoC批判は甘んじて受ける、という方向性もあったのだが。
差別問題をリアル且つ巨大なウエイトで扱う気がないならもう
歴史的な被差別者が存在しない世界にしておけと。
それでまたPeople of Color観点から「差別的だ」と批判されろと。
ひとごとだと思って無茶苦茶言ってらあ。
4.そのクレームほんとにその相手に対応させるのが適当なの?
要するにアナ雪が差別史に正確な描写の差別問題を主題にした映画でない限り
「お前らは差別者だ」と言い募るがこの人の立場だ。
もう少し読もう。
アナ雪はサーミ人の児童労働シーンから始まり、次に同年代のヒロインたちが何不自由ない城で遊んでいるシーンに移るのだが、サーミ人差別を知らない観客のほとんどは、簒奪の構造に気付きもしないだろう。少数民族の労働力を安く買い叩くことによって一次搾取し、次に徴税により二次搾取し、それが貴族の裕福な暮らしを支えているのだが。
こうなってくるとノルウェーやサーミ人に限った議論ですらない。
この非難の論法は過去を舞台にしたディズニーアニメの大半に適用できるからだ。
そもそも過去の社会はだいたい現在の社会より問題が多いし
王侯貴族の生活には下支えにされる平民や奴隷が居るだろうが
その事実はディズニーが責任とって毎回教育しなきゃいけないことだろうか?
私はそんなの観客各自が自分の責任で弁えるべき教養だと思う。
この人の要求ラインを満足させるためには
「王子やプリンセスを出す時は開幕に一通り搾取的立場への自己批判を歌わせる」
といったソリューションを一案として思いつける。
が、相当シュールであるうえにそんな近代的意識の王族を中世に出すのも
それはそれでまた「ファンタジー」と言われそうだし。
あとはもう
「近現代以前を舞台にした作品作るの一切やめる」とか
「プリンセスやお嬢様のような上層階級を出すのを一切やめる」とかか。
5.自分の非難・要求のコスパは精査してるの?
クリストフは嫌な奴や、蒙昧な奴や、虐げられて当然の奴として描かれていない。
むしろ知恵も行動力も暖かい心も備えたチャーミングなナイスガイになっている。
ディズニーの切るべき仁義としてはこれで十分じゃあないのか?
実在のサーミ人の歴史についての踏み込んだ所は観客各自が知るしかないし、
そこで材料が足りないならこの人のような詳しい人が周知活動すればいいし。
「ほら、あのアナ雪に出てたクリストフだよ、あれがサーミ人」と言えば
話の取っ掛かりとして相当有効だろう。
「それじゃあダメで、アナ雪はもっとサーミ人差別中心映画にしろ」っていう非難、
そんなんが本当にスマートなことか検討したことあるんだろうか?
「この作品は正確でない、
正確でないから正しくない、
正しくないお前らは差別者だ、
差別差別差別!」
とやることにどれほどの意味がある?
それで実在サーミ人が何か助かるわけでも無いだろうし。
ディズニーがこの件で悪い奴のように首絞められなきゃならんとは思えない。
ディズニーに同情しちゃうし、被差別者にとっても利益が乏しいと思う。
対応不可能なラインを前提とした非難をぶつけていくのは
相手からただのクレーマーリスクとして整理されるのが関の山じゃないのか。
6.おまけ. アナが「シャレにならないなあ」とか今更
前回考察を書いた時には敢えて目をつぶっていたが、クリストフと一緒にいる時のアナの行動が、野外でのNG行動だらけなのも改めて気になった。アウトドアにおいて、熟練者の指示に従わずに勝手な振る舞いをするのは非常に危険である。自分の命も他人の命も危険に晒してしまう無謀な行動をする人は実際に存在するので、ちょっとシャレにならないなあと。
だってお姫様だもんよ。
しかも事情によってずっと城に閉じ込められてて文字通りの世間知らずだ。
アナが無鉄砲なアホであることはそうなった理由と一緒に十分描写されてる。
もう何にケチつけてるのかすらよくわからん。
ていうかなー
国が滅びかけるレベルの大災害の引き金引いたのもアナだし、
国が乗っ取られるギリギリまでいく外患を引き込んだのもアナだし、
あの世界にはアナの被害者が何百万人と居て等しく生命と財産を脅かされてんだ。
そのアナ様がちょいと雪山ではしゃいだぐらいで「シャレにならないなあ」とか今更何言ってんだ。外国から来た大使含め、あの国でアナの恐怖を逃れた奴なんかおらんわ。
クリストフなんてアナの被害者としては相当幸運なほうだ。
この人サーミ人サーミ人クリストフクリストフと気にするあまりに
クリストフがこんな迷惑受けた、死に瀕した、と述べ立てる一方で
非サーミ人キャラ達がどんだけ恐ろしい目に遭ってるかすら意識の外だよな。
↑マジキチ
*1: もしそうなればそれはそれで 「搾取の歴史に向き合っていない」「歴史を捻じ曲げようとする意図が見える」「サーミ人を惰弱に描いているネガキャン」とか言いそうな雰囲気をこの人から感じるのは悪く見すぎだろうか。)