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模写でも普通に盗作です

マンガやイラストでの剽窃スキャンダルはネットでも結構盛り上がる話題です。
新人漫画家やPixivランカー程度の弱い立場だと、このスキャンダルが起きたら一発でそれまでのキャリアが吹き飛ばされてしまったりもします。


その手の騒動を見るたびに結構な割合で感じるのが、「剽窃の問題点についての理解が間違ってる人結構いるな」ということです。





取り上げたいのはこれなんですが、
残念だけどなんか色々混乱した記事だと思います。
何故そうなるかと言うと、この人も剽窃の問題点について、アウトセーフの判断基準が間違ってるからです。
それは端的には「模写」というものの取り扱いに現れています。


模写を好意的過大評価する人達

ネットを見ていると同人誌やPixivあたりのイラストのトレース騒ぎと絵画の類似を同列で語るような人間が多い。
絵画や芸術というのは模写、習作に否定的ではない。
少なくともデジタルデータのコピーと同じレベルで話すことではない。

もうこのたった3センテンスでも混乱があるんですがわかるでしょうか?
ここでなんとなく違和感を持った人も、その正体がわからないままモヤモヤと流しちゃったんじゃないでしょうか。


事実としてまず、
「Pixivあたり」も別に模写や習作に否定的ではありません。
○○の模写ですと言う絵を堂々とアップしてる人大勢居ますよね。
これら模写と、Pixivで否定的に扱われるいわゆる「トレース騒ぎ」になって炎上してしまう作品は性質として別物です。


しかし彼は「Pixivあたりでは模写、習作が否定的に扱われている」と認識しています。
つまり、この人の「模写」の定義になにか独特なものがあることが予想されます。*1


つづけます。


そもそも全く同じ(盗作、コピー)作品は、模写や習作とは呼ばない。
贋作、転写と呼ばれる。 

模写(もしゃ、英: reproduce)は、美術において、他者の作品を忠実に再現し、あるいはその作風を写し取ることでその作者の意図を体感・理解する為の手段、方法。ただ単にその作品をそっくりに複製する(英: copy)手法は「転写」であり、「模写」ではないとされる。
日本画においては古くから修行や絵画の精神性や洋式、技法の伝達などを目的に模写が行われている。また、現在では絵画の保存を目的とした模写も行われており、原画が失われても模写が現存することで絵画の内容が伝わっている例もある。
模写は「上げ写し」や「敷き写し」などの技法で原資料から図像を写し取り、色見本を作成した上で彩色・裏彩色を施して制作される。
模写 - Wikipedia

自分で引いているwikipediaの「模写」の記事について、
この人が何をどんな風に勘違いして読んだかわかるでしょうか?


絵画の世界で模写はもちろん認められてますが、基本的に練習法としてです。*2
絵画科の学生は美大に入ってからかなり模写をやらされる筈です。
ただ完コピ目指す「転写」が模写と区別されるという記述も練習の意義としてでしょ。*3
それをこの人、盗作か否かの境目の話として読んでしまっている。


模写は「オリジナルの要素を感じ取り自身の絵として再現する」
贋作は「オリジナルと全く同じコピーを作る」
前者と後者は、似ていても全く違う。

つまり彼はこういう風に理解しています。
・ちょっと違う(模写)→ not盗作、真作、セーフ
・全く同じ(転写)→ 盗作、贋作、アウト


ちげーよ。




模写も普通に剽窃、盗作になります。

繰り返しますが、絵画の世界で「模写」といえば基本的に練習の手法です。
確かに模写は剽窃・盗作・パクりではありません。
だって模写はただの手法だもん。


「模写はアウトかセーフか?」なんて立論は「包丁はアウトかセーフか?」と言ってるに等しい。つまりこんな議論するのは模写ということについて相当勘違いしてる人です。
包丁がアウトかセーフかは、包丁それ自体ではなく振るわれる場面や意図によりますよね。台所で使うならセーフだし、銀行で使うならアウトだし。


他人が創作した図案を写し取って自分の作品に使えば、表現的にであれ法的にであれトラブルになります。そこでは写し取りの意図や意味合いが問題なのであって、写し取る手法がなんであったかは問題ではありません。


既存のものを再構成してなにか新しい芸術的価値を産んでいるのであれば、写し取りの手法がデジタルコピーであろうとセーフですし*4
単にバレないつもりで既存のものを自分の作品として発表した(一番下等な盗作ですね)のであれば、精魂込めた模写で写し取っていようがアウトです。
f:id:ketudan:20150905210329j:plain
渦中の人のこれとかまあ後者でしょうね。
ここで「いやいや、このフォントは当事務所代表の佐野が直々に多摩美仕込の技術を振るって入魂の手描き模写で仕上げたんですよ」という真相があったとしてもデザインの剽窃であることは変わりません。つまり、模写自体に芸術的付加価値はありません。


法律の側面について

著作権云々はオリジナルの資産的価値に対し侵害を犯すからこそ成立する。
「似ているから著作権侵害だ」などというならこの世界の二次創作なんて全滅する。

多摩美の学生さんや卒業生さんの「既存作品によく似た図案の絵やデザインを発表すること」と、コミケやPixivなんかの「アニメキャラ使って薄い本やファンイラストを描く」はまた問題の在り処が微妙にずれてるとは思うんですが…って、え?二次創作は普通に著作権侵害ですよ? あれはたまたま訴えられてないだけ。

ダブスタで「パクリだ!」というしか脳がないのお前らは切り分けできるのか?

なので薄い本と同じだと言っちゃうなら、擁護はそこで行き詰まりです。
多摩美の学生さんはただ首を垂れていわさきちひろが刀を振り下ろすか振り下ろさないか御沙汰を待つだけって話になっちゃう。

自分の好きなコラは許すしRTするけど、大学生の卒業制作は気に入らないからパクリだっていうほどバカじゃないよね?
バカなの死ぬの??

法の話をするならコラも法的にアウトだらけですよ。捕まらないだけ。なんで捕まらないかと言うと、クソコラの作者は作品に名前なんか描かず利得もとらないから。
あれらの同類として扱っちゃうなら「双方セーフ」じゃなくて「双方アウト」です。


卒業制作の是非

さて、いわさきちひろを調べなければわからないような門外漢がこうやって知った顔でアートの蹂躙などと言い出す。

まず日本語の話からですが、
このアイスストーンが言ってる「いわさきちひろを数分調べれば分かるが」はいわさきちひろを知らない無知な人でも数分調べりゃ必要な情報手に入りますよ」という意味であって、「アイスストーン当人が今いわさきちひろを数分ググりました」ではないんじゃないか。 もしアイスストーンがいわさきちひろを知らなかったとしたら、逆にそんな不利になるだけのこと書く動機が無いし。 アイスストーン無駄に正直者説。 まあこんなのはどっちでもいい話だが。

知っていれば模写などの行為が蹂躙でないのは当然のこと。

上で触れたとおり、これは混乱した論法だ。模写は単なる手法であり、ある模写が何か(例えば著作権)を蹂躙したかどうかは個別に検討されなければいけない。「模写などの行為が当然蹂躙で無い」等と言うのは不可能だ。
アイスストーンの「アートの蹂躙」のような大袈裟な言葉の軽率な使い方については反感を共有するけれども、


「手法・技術」と「剽窃性の検討」を切り分けて論じられてるだけ、あざなえる氏よりは思考が整理されてんじゃないのか。

既存の作品を参考に使い、新しい形に仕立て上げるということがいかに難しいか。
コピー&ペーストじゃない。
キャンバスに同じ絵画を再現してみせることに技術が表現されてる。
そんなことすら思いつかず、どこかのデザイナーのロゴデザインと同じレベルでしか考えない。

ええ…。
ここ何回も繰り返すポイントですが、
キャンバスに同じ絵画を再現して見せることは、評価されるべきポイントじゃないです。
「コピペじゃなくて模写で再現する技術がすごいでしょ?だから立派な作品だよ。」
と言うのは勘違いです。


・技術の高さは剽窃性の有無と関係ない
・そもそも技術として大したことじゃない
ということです。


まだギリギリ学生とはいえいやしくも芸術家に対して「同じ絵画を再現してみせる技術、表現」という賞賛は、野球選手について「こいつキャッチボールできるんですよ、すごいっしょ」って言ってるようなもんなんですが*5
見るとこそこじゃねえよ感が凄い。

前提知識を知らなくても一枚の絵画として完成している。
前提知識を知っていれば絵画としての完成度の上に面白さが加わる。
パロディは、そういうもの。

学生をわざわざ叩き潰そうという厳しい動きには1ミリも賛成しない(仮に著作権侵害だとしても被害者が押しも押されぬ大作家でちょっとぐらい齧られたって屁でもないこともある)んですが、こんな持ち上げられてるとさすがに言いたくなるんですが、あれそんな大した絵かなあ。


https://pbs.twimg.com/media/COCRBfgUcAE_nxO.png

モニタで見てではありますが全体的に甘くて、真似っことしても今2ですよね。
多摩美の学生の中でも特に技術的に上手いほうの人ではないんじゃないかと思いますよ。


またパロディの面白さとしても、アイドルの握手会なら男の子はもう少しドルオタのニュアンスがある方が面白いし、女の子の髪や服もアイドルには見えないじゃないですか。
モチーフたるアイドル&そのファンの現実的な俗悪さや醜さと、
表現スタイルとしてのいわさきちひろの理想化されすぎた少年少女のラインと、
この相反するものをどういう風にアレさせるかがこのパロディのアイデアのキモだと思うんですが、そこに何の創造性も見られないですよねこの絵。
ディテールに拘らないパロディってなんなの?っていう。リュックぐらいじゃん。


だからこれパロディって言われると「う~ん?」ってなります。
あんまパロディとしての付加価値が出来てないんだもん。
学生さんに盗作の意図があったかなんていう不可知なことについては沈黙しますが、
パロディとして出来ておらんので、結果としてただいわさきちひろを出来悪く模写しただけみたいには見えます。


一応言っておきますが、私はいわさきちひろが好きじゃありません。
理想化されすぎたつまんねえ絵だと思っています。
だからこそ模写しておちょくるのには適してるんですが、模写のクオリティもだるく、パロディの出来もだるく、学生の悪口なんか言いたくはないけど、まあしょーもない絵ですねこの卒業制作は。


大学の卒業制作が、いわさきちひろ作品にどれだけの経済的損失を与えたんだろうね?

判定が曖昧な領域のことだからこそ表現の話と法律の話をあまりピョンピョン反復幅跳びするべきじゃないと思うんですが、
法の話ならば経済的損失は著作権侵害の要件じゃないはず。


まとめ

これだけ論証をして、知識を放出し、まとめあげ書いても、
適当にどこかからパクってきた画像を二つ並べ
「似ている!パクリだ!」
と何の証拠もなく書いてるクズみたいな価値しかないデマ記事の方が広く拡散される。

そして「似ているものはパクリだ」という間違った知識が定番になる。
叫ぶ側は
「似てるからパクったんだし著作権侵害だろ!?許可とってないだろ!美術界の蹂躙だ!」
と安易に叫んで気持ちいいらしい。
知識も論理も、美術への興味もろくにない勘違いのバカが多い。

実際、考えるにはそれなりの分量の情報が必要。

まあねえ、
そういうドブみたいなインターネッツは確かに存在しますよ。特にまとめサイトとか。


けれどもこのあざなえるさんの記事も相当間違いだらけだと思うんです。
で、私はあざなえるさんに対して敵意があるんじゃなくて、あざなえるさんのこの記事に雁首揃えて賛同一色のはてなーがどうかと思うんですよ。
あざなえるさんは自分なりの知識と頭で考えて記事を書いた。OK。
「簡単に流されるネットの下層の無知馬鹿どもが!」っていう最後のpassionもOK。


けどそう言われて「そーだそーだー」ってこの粗すぎる記事に突っ込めずに賛同してるお前等はアウトだろ。
「バカが自分で考えずにもっともらしいアジテーターに言われたまま同じ方向へ流れる」っていう全く同じことやってんじゃん。
笛吹きがまとめサイトかあざなえるさんかっていう違いだけ。


あの記事に「おかしいだろ」ってきちんと反対のブコメ書いてるのほんの数名だもの。*6
「炎上メイクバカどもを見下す冷静で賢い俺ら」というビッグウェーブには易々と乗って。


「似たものを見つけてパクリと騒ぐだけ」のどんなバカにでもできる簡単なお仕事 - あざなえるなわのごとし

みんな忘れてるんだろうけど、人間というのは全くの門外漢な分野に関しては九分九厘馬鹿だ。大半の仕事は、その馬鹿に丁寧なサービスを供給する事で収益を得ている。アート業界はその辺の意識が異質だね。大変そう。

2015/09/05 16:47

と思うなら、お前等ほぼ全員美術なんて門外漢だろうに、あざなえるさんが正しくてアイスストーンが間違ってるとか判断できない筈じゃないか。一見殊勝っぽいけど自分だけは「門外漢バカ」の中には置いてないんだよな実は。

この記事には、一部の自分の頭で思考できる人だけが参考にできるよう、それなりに納得できる情報を入れてみた。
仮に納得できないなら自分で調べてみることをお勧めする。

情報…?は、あんまり無かった気がするんですが、「自分で調べてみ」は大事なスタンスですよね。
そしてそんなめんどくさいことする人間はどうせ居ません。はてなにも。



最後に、余計なお世話で学生さんの身の上まで考えるなら、未来はあくまで大きく開いててほしいものの、問題の作品は「ダメ」って結論であってほしいです。あの路線続けてもろくなもんにならないでしょ。賞やった多摩美の教授何考えてたんだろ。
  
  
*7
  
 
  
 
  

*1:「習作」についてもおかしいんですが、これは模写より意味の揺らぎが弱い言葉なのでもう辞書引けばわかる通りです。「習作に否定的」って日本語レベルで意味わからん。辞書すら引いてないとしか思えない。

*2:すんごい画家になれば模写による習作が作品として取引されることもあるでしょうが。死後アトリエ漁られたりして。

*3:これらは全て練習に取り組むときの意識の持ち方の話に過ぎません。転写を目指したって力量が足りなければ自分の意図や癖が入り込んじゃうし、模写をきっちりやって作者の意図を体感した結果として成果物が完コピになることもありえます。だから成果物から模写か転写か判定するなんてできねーんですよね基本的に。

*4:それも同一性とかの著作権侵害として訴えられたら難しいんでしょうが

*5:ネットのポンチ絵界隈の盗作議論でもこれを言い出す人が結構います。「元絵を下に敷いてトレスで写したのはアウト、元絵を横に置いて模写で移したのはセーフ」っていう。模写は凄い技術であり創作だということらしい。絵を描かない人特有の模写技術の過大評価。

*6:よく読んでないトンチンカンな反論ブコメは除く。「佐野の件を誤魔化す気か!」等の。あざなえるさんは佐野の擁護してんじゃないだろう。単なる混ぜ返し的なブコメもまあ除いて。

*7:引用部分の強調は一部を除き私ketudanが加えました。