ここはお前の日記帳

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背水の陣は精神論じゃないけどリーダー論でもねーよ

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これ違う…違うよね?
韓信に対する理解も古代の戦争に対する理解も何もかも



Q.1 韓信は兵士達が信頼してついていくリーダーだった?

結局、人間がついていくのって『この計画ならなんとかなりそうだな』と思える何かか、あるいは『この人だったらなんとかしてくれそうだな』って人なんじゃないの。歴史のどこにも残っていないかもしれんけど、韓信ってそんな人だったんじゃない?それこそがまさに『リーダーとしての資質』って言われるものだと思うけどさ。

ちっげーよ!
歴史の逸話には色んな解釈の幅があるべきですが、井陘の戦いをこういう風にまとめるのは明らかに間違いです。


韓信は偉大な軍人ですが、一般兵士が自分の奇計を理解してくれるだとか(理解出来るわけねー)、いつでも自分の采配を信じてついて来てくれるだとか(そんな好意得るような出自・来歴じゃねー)、そんな甘っちょろいことは考えていません。むしろそこを弁えるのが有能な軍人たる条件のひとつでした。


韓信は部下に対してそこまで期待も甘えも持ってませんし、兵士だって韓信がそこまでの天才軍略家だとは知りません。当時の兵士なんてその日の飯食わせてくれたり略奪させてくれたり運よく勝った時には恩賞くれたりするかもしれないのでついてきてるだけ。資本は自分の命。夢なんか見てませんし、ちょっとやばかったらすぐ弱気になって勝手に逃げます。


つまり軍の末端は

人間がついていくのって『この計画ならなんとかなりそうだな』と思える何かか、

こんな上等なこと考えてないのです。作戦の全体像なんか知るわけもない。目の前の戦況と進め退けの号令だけです。


以上のまとめとして、
A.兵士は韓信のビジョンなど知らず、そういう意味で韓信を信じてもいなかった。
彼等にとっての韓信はせいぜい「割と勝率高い頭目」です。



Q.2 兵士達に韓信を捨てて立ち去るオプションはあった?

例えば『このプロジェクトの納期は全員が本気を出せば達成できるようにストレッチ目標として従来の半分にしておいた!』とか言われたらどう思う?まあ転職活動始めるよね。ほんで、そういったプロジェクトはみんながついていく気をなくして破綻するわけだ。


前のプロジェクトでさ、あるチームの進捗がめちゃんこ悪くて『なんでやねん』とヒアリングしてみたら『きっと破綻すると思って手抜きしてましたわ〜』と言われてがっくりしたこともあったな。

それを例え話として井陘の戦いに当てはめるのも不適切です。
なぜかって言うとまず、井陘の戦いでの韓信軍の兵士には転職活動始めたりだとか手抜きしたりだとかの余地は無いので。戦争だから。しかも敵軍は目の前。


とはいえ敗色濃厚なとき、兵士には「軍を見捨てて給金や恩賞を諦めて勝手に逃げ散る」という最後のオプションがありました。そこで、それをさせないために韓信が実行したのこそが背水の陣です。


敵は目の前、後ろは川。
形勢不利だと戦列がズルズル後退していきますが、後ろが川ではそれは出来ません。
形勢不利だと勝手に逃げ出す個人が出ますが、後ろが川ではそれは出来ません。


このような、片方の軍が瓦解して統率や監視が消滅しても個人がバラバラに逃げる退路すらない場所での決戦は、敗北即皆殺しコースです。*1
状況に気付いたとき兵士達がどう思ってたかって、まず間違いなく韓信にハメられた!」「あの外道!」ですよ。


韓信が有能であろうが無能であろうが、川を背に陣を敷いて、「え?」「え?」って思ってるうちに「ここで決戦する!」「今日は趙軍倒してからメシ食おうな!(自軍3万 趙軍20万)」「ダメだったらまあ全員死ぬよなこの状況!」という狂った宣言をされて、敵が間近まできていれば、もう韓信の作戦の成就を信じて死力を尽くして戦うしかない。



以上のまとめとして
A.兵士達に立ち去るオプションはなかった。気付いた時には勝つか死ぬかの状況。


Q.3 韓信は現代のビジネスで見習えるリーダー?

これは信頼で結束してるのではなく、単に逃げられない状況に追い込まれただけです。
戦後韓信自身が得意げに「投之無所往者、諸劌之勇也」と言っています。現代語訳すると「いい感じに精神調教したうえで逃げ場のない状況に投げ込めば凡人兵士でも超人並みの勇戦をするものよね、孫子にもそう書いてある。」です。


これはらくからちゃさんが力説するような、現代ビジネスシーンで望まれる開明的な良きリーダーと言うよりは、むしろ圧倒的にワタミ寄りですよね。
先進的ビジョンや信頼によってついてきてもらうのではなく、精神的調教と逃げ場を奪うことによって個人個人の力を限界まで搾る。


韓信には勿論「天才的な作戦立案能力」という取り柄があり、井陘の戦いの戦果は同時代の誰にも真似出来ない非凡なものですが、しかし兵士の動かし方という面についてはかなりワタミテイストです。
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つまりまー、背水の陣のエピソードは、正しい理解で引いたとしてもあまり現代のビジネスで引用するのは望ましくないエピソードですよね。
あれの正味は「自分の目的と利益の為に従業員を逃げられない状況に拘束して正常でないスペックを絞り出すテクニック」*2ですから。



以上のまとめとして
A.韓信は現代で下手に見習おうとするとヤバいリーダー。




【総まとめ】現代人が過去の偉人を引く時に気をつけるべきこと

歴史に名を残す偉人はほぼ必ずブラックです。やべえことをした人です。
だって権利意識とか無い時代に競争してるんだから、ホワイトな行動する人が結果を出して歴史に名を残すわけないんですよね。


韓信の悪口みたいなこと書きましたけど、兵士の権利なんか無視するのは当時の将軍全員そうでしょうから、常勝の韓信はいいリーダーだったと思いますよ。全体としては死ぬ危険性少ないし、略奪の機会も恩賞もらえるチャンスも多かったでしょうし。


それぐらい状況も感覚も違うわけですよ。そんな人物や物事のエピソードを現代に持ってきて役に立つわけない。そんなことしてる暇あったらもっと今現在に集中して、現代の(または現代まで残った)学問や知見を取り入れて生きたほうがいいんじゃないかと。




というか、最後に、長々書いてきた私の一番言いたいこと書きますね。




だからもー、軍事や歴史を中途半端な知識や恣意的な理解や強引な理屈で現代のビジネスに絡めようとするの法律で禁止してくれ!



思いつきで共通点捻り出してなんかの真理のように聞かせてくるおっさんリアルで遭遇するけど脳が腐るんじゃ!



です*3





こういうやつね、歴史は歴史、軍事は軍事、何故趣味として純粋に楽しめないのか。

 

楽しい戦争指揮入門の名著

*1:(世界史的に有名なとこではカンネーの戦いとか)

*2:こう書くと「何それ知りたい!」っていう経営者が一杯いそう

*3:らくからちゃさんはまだ若そうだし歴史ネタに興味持ったばっかっぽいし私と同じく歴史引用ビジネスおじさんへの反感があるっぽいけど、なんか結果的に同じ道に吸い込まれてってるように見えた