ここはお前の日記帳

主にはてなブログやはてなブックマークから気になったことを

『アナ雪』を自己同一視出来る女はヤバいのでは

anond.hatelabo.jp
なんか東たちと話が噛み合ってなくない?

1.反論対象と話が噛み合ってない

クリストフは王子様じゃないけれど、誠実で素朴ないいやつだ。孤独な変人だけど、仕事と家族を大切にしている。
そこらの王子様モデルよりよほど親しみが持てるし、ありのまま、人間らしく描かれていると思う。
ただ役回りが脇役で、「なんでも解決できるヒーロー」ではないだけだ。
そのクリストフを「業者」と呼んで、アナ雪を男の「排除」「攻撃」と感じる男性の心理っていったい何なんだろう???

これは酷いよ。
東たちはヒーローを求めてはいないじゃん。
あの映画についてもそこを不満に思ってるわけではないじゃん。
ちゃんと東たちの主張読んだ?

東浩紀さん(以下、東):僕たちの共通意見としては、まずクリストフがかわいそう過ぎるのではないかと。アナとエルサの仲の良さを描きたかった映画なのはわかる。それなら最後にクリストフをダッシュさせることはないのではないかと。

東:エルサとアナが姉妹だってことになってるけど、母と子だったらリアルだよね。「あれ? 俺いらなくね? すみません!」。出産もそうだよね。すごい勢いでダッシュしても、「子ども生まれる! えっ生まれた? あっ俺ら関係ないですよね〜」みたいな。

夏野:しかも、それだけ一生懸命やっても「あなた間に合わなかったよね」ってめちゃめちゃ言われる。どんなにやったって浮かばれない。

こう言ってるよ。
「脇役にしてもやけに惨めな姿に描かれてないか」と。
当人なりに必死に動いたけど実は主体的な解決能力を与えられておらず、ダッシュは徒労である。主役級の露出でありながら、大団円でも「ご苦労」と褒美与えられて終わるだけの存在。

あっちの彼岸では「強くて賢くてなんでも解決できるヒーロー像」を街の中心に据えて崇拝し続けているように見える。「美しく従順でなんでも受け入れるプリンセス像」も現役アイドルだ。
日本では特にその傾向が強いのではないかと思う。

繰り返し。
東達はヒーローやプリンスを求めてる?
もしくは、男はヒーローやプリンスを求めてるんだとか言ってる?
そうかなあ?

東:(中略)この間まで、ディズニーは王子様を出していたけど、90%の男たちがついていけないと。「俺に王子とか、無理無理」。ちょっとマーケットが引いてきたので、90%の男たちに向いてきたと。

こういう見解のようだけど。


2.アナとエルサは「ありのままのわたし」?

そんな感じで「脱プリンセス・ありのままのわたし」運動は着々と進むのに対して、「脱ヒーロー・ありのままのおれ」運動は全然進まないように見える。
こっちの此岸では「美しく従順でなんでも受け入れるプリンセス像」を火にくべ始めたのに、

ちょっとまって、もしかして
アナとエルサは「ありのままの等身大に描かれている」のにって話なの?
その2人はあの大災害を終結させちゃうんだからヒーローの力の持ち主では?
しかも美しいんですが?お姫様ですが?


あんなのが「ありのままのわたし」なわけないじゃんよ。
そんな女が何人いるというのだ。
すごいな!あんな可愛くて美人で有能で世界を思い通りに動かす超人的な女を「ありのままのわたし」って言ってんのか。
妄想だよそりゃ。
この書き手の高揚感って一昔前の無邪気な男がヒーロー映画を見て自分を同化させて気分よくなってるのと同じやつだ

黒瀬:確かに、今までディズニーはすごく抑圧的に女の子を描いてきたから、それへの批判に応じるために、女の子の物語を作るのはわかるんです。けど、女の子の物語を作るからといって、男が全く必要ない物語にしてしまってはダメでしょう、ということですよね。それでは今まで男が女にやっていたことを、単にひっくり返しただけになっちゃう。

この危惧の通りのとこに陥ってるようにしか見えない。
昔男性がヒーロー的な男の物語に接して「これが男だ!」と気が大きくなったりしてたように、書き手は女がヒーローな映画としてのアナやエルサを「これがありのままの女だ!」って気が大きくなってるだけでは?

期待される「プリンセス像」を捨て、「ありのままに」なることが抑圧からの解放だと描くこと。
それらが今の時代に生きる多くの女性の支持と共感を集めたんだと思う。

うっそでえ~~~~。
抑圧を感じてる女性はいっぱい居ても、「私、プリンセス像を期待されてる」なんて感じてる女性はいないだろう。
いないよね?
「プリンセスを期待されてる」と思ってた女性も、「アナやエルサのように可愛く美人で一度荒れれば国中を巻き込み収拾に向かえば事態を思うままコントロールする超人がありのままのわたし」って思ってる女性も、それは相当な妄想癖や自意識過剰であって*1、そんな人がそれほど大勢いるとは思えない。書き手の特異な見解でしょそれ。


3.ヒーロー妄想の単なる逆転

ただ思うのは、脇役のクリストフこそ、「ありのままのおれ像」なのではないかということだ。

リアリズム映画として全員が脇役みたいな映画(最近だとシンゴジラとね)はあると思うが、アナ雪を男女論として論じ、ヒーローのようなアナやエルサを「ありのままのわたし」と寝惚ける同じ口で脇役のクリストフを「ありのままのおれ」だよっていうのは、
黒瀬が危惧した通りの単なる異性を蔑ろにするヒーロー妄想の男女逆転では。

ヒーローの強さだって言っちゃえば暴力だし、そんなのこの21世紀にアナログすぎる。

あんたが「ありのままのわたし」として認定したエルサの力はハリウッド暴力映画でもなかなか出てこないぐらいの超暴力なんですが。あんたのような消費の仕方で見るならエルサは嫌ボーンとか俺TUEEEに近いよ。


自分を理解せず受け入れない世間に背を向けて本当の力を振るったら社会が震え上がるほどパワフルで、みんなが謝りに来て機嫌を戻してやるんだけどなんか正義としてたたえられるつつ都合のいい悪役(実力的には相手にもなってない)がしょっ引かれて大団円、みたいな。セカイ系となろう小説のあいのこみたいだ。



多くの男女の自尊心を削る「ヒーロー像」「プリンセス像」は一度打ち壊して、火にくべるときが来た。父権社会の解体が、今世界的なムーブメントになっている。

あなたの説明を聞いてる限りだと、あなたはアナとエルサの超人としての側面に女を同一化して自尊心を得てるようにしか見えない。「ウーマンパワー!」「ブラックパワー!」みたいな。



4.同じ申し立てでも扱いの違うはてな

東たちの言ってる「クリストフの扱いが可哀想」っていうのが今回盛大に馬鹿にされてるけれども、かつて同じことを書いてたブログがそっちは大賛同だったんだよね。
semimaruclimb.hatenablog.com
どうしてこんなに違いが出たのかっていうと、
クリストフを「男」ではなく「被差別民族サーミ人」として申し立てたから。


「男の扱いが可哀想じゃないか」という申し立てだと
「甘えるな」「まだヒーローを求めている」「ミソジニー」と罵倒だらけになるのに、
サーミ人の扱いが可哀想じゃないか」だったら
「その通り!」「見事な指摘!」「鋭い洞察!」と大絶賛になる。


アホくさ。


まとめ

もちろん『アナと雪の女王』はそんな浅はかな作品ではない。
増田の書き手の浅い見方や論理展開ではこうなってしまう、という角度の話をしている。
書き手が男性か女性かも知らないけど女性の気持ちを広くすくい取れてるようにすら思えない。
リベ的な変な勉強ばっかりしてるけど一般女性の平均よりはるかに頭悪い奴、のように感じる。
あと時代遅れは「アナログ」ではなく「アナクロ」な。「こっちの此岸」「あっちの彼岸」も気になったが、どうもちょこちょこ言葉の意味をしったかぶりで使ってるなこの人。


何が言いたいかっていうと、
馬鹿の低レベルな政治アジに『アナ雪』を使うなということ。
そんなしょうもない作品じゃないんだ。


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これでも読んでろ。

*1:単にそういう願望充足ファンタジーとして楽しむのには1ミリの反対も揶揄も加えるものじゃないですよ。社会論として言ってるからんなアホな、とつっこんでいます。

オラフの正体に注意して『アナ雪』を読み解く


この人はどうもアナ雪を「ありのままの自分」になる話だと思っている。
それははっきりと違います。


引用先が吹っかけてる男女議論には立ち入らないのですが、それよりもアナ雪のお話をあんまり理解出来てないままの人が結構居るっぽいのは前から気になっていました。
きちんと説明したいと思います。大好きな映画です。
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オラフは何者なのか

オラフの話をします。
アナ雪のお話を理解するにはオラフの正体へ注意を払うことが不可欠です。
少なくともアナ雪を「ありのままの自分になる話」という風に思っている人達は、オラフの正体について不注意か、勘違いをしています。


オラフについて、ただのジャージャービンクスだと思ってる人は論外ですが、本質について混乱する人は少なくないはず。個人的にも最初はオラフのことを2人の絆の象徴だと思っていました。オラフ(雪だるま)が産まれたのはエルサとアナが2人で遊んだ時だったことから。何の壁もなく楽しく遊べた頃の2人の絆。

5. オラフは愛の象徴!
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彼は映画の中で自分の場所を勝ち取らなければなりませんでした。ジェニファー・リー監督曰く、彼はただ登場させられたのではなくて、目的がなければならなかったとのこと。その一つが、彼こそがエルサとアナの姉妹愛の化身だったということなのです。

https://ciatr.jp/topics/219447
検索上位に出てくるサイトでもこのような見解ですし、一般的な認識から大きく外れた理解ではなかった筈。


プロットではっきり明かされるオラフの正体

しかし物語終盤でオラフがやったことはどうだったでしょうか。
いよいよ雪が強くなり政体は水面下で乗っ取られつつあるという終末状態の王国。氷結死秒読みで「真実の愛」を探すアナは、ハンスに盛大に裏切られて凍りかけます。立てなくなったアナを暖炉まで引き摺っていき延命させるのはオラフです。そして熱に自分の体を溶かしながらもオラフがアナに語ることは、「ハンスじゃなくクリストフならどう?」
  

 クライマックスと結末を見ればわかるように、ここでのオラフの提案はベストではありません。アナがクリストフに走っていた場合、助かるのはアナだけです。エルサはコントロールを失っていく冷気の世界でハンスを返り討ちにするか相討ちになるかしたのちカタストロフを起こして自分ごと王国を雪の中に葬り去ったでしょう。


なのにオラフはあのクライマックスでやたらクリストフ推しなのです。ハンスについては邪心を見抜いて「ほんとにあいつが真実の愛なの?」と警告するのにクリストフのことはお勧めしてきます。
オラフがエルサとアナの絆の守護者なのであれば、あそこはアナが「クリストフなのかな?」と言いオラフが「そいつにいくのも違うんじゃね?」と警告する流れでなければおかしい。


オラフ=

つまり、そう、オラフは思いっきりエルサだけのアバターだったのです。
「おねえちゃんあの金持ちボンボンはあんたを愛してないことや問題のある人格を見抜いてるから認めません。」
「あっちの労働者は馬みたいな顔だけど可愛いし生活力あるしあんたを愛してるからOK出しましょう。」
「おねえちゃんは実家の問題の責任と始末があるから1人ここで朽ち果てるけどあんたは彼と一緒に逃げて自由になんなさい。」
というのがあの場面でオラフが伝えるエルサのメッセージです。


だから泣けるんでしょう?
私がアナ雪を好きなのも半分ぐらいはここです。最初オラフの正体について勘違いしていて、クライマックスで正体がわかるからもう涙が止まらないんですよ。
オラフが「抱きしめて(Hi! I'm Olaf and I like warm hugs!)」と言ってたのも思い出されます。ずっと孤独で人と触れ合えなかったから間抜けな顔の雪だるまとして本音が出ていたのがわかるんですよ。
そのお姉ちゃんの本音がまた最後の時に、妹の行く末を真剣に考えて、助言をして、体を溶かしながら逃げる為の最後の力を与えて「彼と一緒に逃げなさい」と言っている。
ここで見捨てて逃げるわけにいかないでしょう?
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これはたまたま主人公が女性なだけで、兄弟であっても泣けるプロットだし、女性の解放とかそういうあやしい概念じゃないんですよ。ただ女性が主人公なだけ。恋愛とか王子様を中心に据えるパターンから脱却しているだけ。だから好きなんです。私は正直恋愛主導の話にあんまり感情移入できないので。


大きな問題を背負い押し潰されそうになりながらも心から妹のことを思いやる姉と、お気楽なアホに育ちながらもそんな姉を見捨てて逃げることは決してよしとしない妹の話は、恋愛なんていうふわふわしたことよりよっぽど尊いし胸に迫るでしょう?


ところでこのオラフの正体についての最初の勘違いと解けるタイミングが私個人のたまたまのものなのか、ちゃんと狙って設定されたものなのかはいまいちわからないんですけどね。最初から自然にオラフをエルサのアバターだと認識していた人も居るだろうし、人に感想を聞いたりネットを観測した限りではそもそもオラフについては大した注意を払ってない派が多いし。

結末とオラフとありのままの自分

それでやや脱線した話を戻しますけど、結末でのオラフに注目してください。結局女王に復位したエルサと、一緒に居るアナと、更に王国の臣民達、その間でオラフはアホな遊びをして走り回っていましたね。溶けないためのミニ雲をエルサに与えられてずっと気ままな遊びを続けていきそうでした。
一緒に見にいった人が「あれエルサが死んだ後どうなるの」と言ってましたが、もちろんエルサが死んだときはオラフも溶けてなくなります。維持のための雲が無くなるという以前にオラフはエルサの化身ですから。


エルサは”ありのままの自分”にはならなかったのです。「残念ながら社会はそこまで自由でもないけど折り合い付けて生きることを肯定したいよ」という意味なのか、「そもそもありのままの自分というのは行き過ぎであり有害な妄想(吹雪であり自分1人の氷の城)なのでは」という意味なのか、どっちなのかわかりませんが。


とにかくエルサは氷の城に1人でLet it go!する人生を選びませんでした。女王になって仕事も責任も背負ってしまいました。
でもまあ周りにそれなりに人は居てくれます。MAXに自由な童心の自分は視界の隅で夏の夢を歌ったり踊ったりアホな遊びをしたりしながら走り回って居ます。それでいいよね、*1というのがアナ雪のオチです。


Let it go!は大好きなシーンですが、あれは少なくともエルサが最終的に手に入れるものではないし、肯定できるものとして描かれてすらいないのかもしれません。そういうものをあんなに魅力的に力強く描いたところが最高なんじゃないですか。アナ雪がありのままの自分になる話だったらLet it go!はあんなに切なく素敵なシーンになってませんよ。*2


人を遠ざけアナにすら襲い掛かる猛吹雪と氷の城とそれを守る恐ろしい雪の巨人もありのままの自分であり、オラフもありのままの自分です。
エルサはどちらにもなれませんでした。
それほど悲しいことでもないけどね。
そういう話です。
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【マニア向け】これを買え

聖典


聖典ですから当然買うべき。デザイナー達の2Dのイラストが最高にいい。全然違うデザインのエルサとか見られる。最高。こっちでやったらどんな話になったのかっていうヤバそうなエルサとかが出てくる。個人的には洋書版も買いました。日本版の「ビジュアルガイド」はこれの不完全版+どうでもいい記事なので買わなくていいです。
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洋書絵本


ハズレもあるジャンルで難しいけれども、この2つは映画のスタッフであるBrittney Leeのイラストがたっぷり載っているオリジナルストーリー(きちんと原作の設定やデザインに沿っている)で自信を持って薦められます。

BD


10回見るんだ。

*1:と言ってもオラフの意味がわかった私はそこでも涙ぐんだんですけど

*2:ただの「無理ありありの不吉なもの」として描いてたらプロットとしてもレベルが低いですよね。

合理的で不当な判断について


いやはや、びっくりした。
これはもう馬鹿と呼ぶのに躊躇が要らない。


馬鹿達の言い分

女性専用車両を設けることが差別でないとする理由は、ほぼ「差別は悪いものだから」ということに尽きるものと思われる。より分かりやすく述べるならば、「差別」という語は、「不当である」という否定的価値判断を含むものであるから、不当ではない女性専用車両の設置を差別とは言わない、ということだ。そして、このような「差別」という語についての理解は、一般的であり、正しくもある。例えば、デジタル大辞泉は、「差別」について以下のように説明する*1。

(略)
取り扱いに差をつけること。特に、他よりも不当に低く取り扱うこと。「性別によって差別しない」「人種差別」
(略)

上記記事も、女性専用車両の設置に一定の合理性を認め賛成だとするのだから、これを不当だとは考えていないのだろう。

文が簡潔なことだけは評価できる。
さらに要約するとこうだ。


「差別と認めたら悪いもの・不当という評価を受け入れることになるからノー。」
「辞書を引いても差別とは不当な取り扱いのことだと書いてある」
女性専用車両合理性を認めてるなら、女性専用車両差別だと言えないはずだ!」


…。
もうなんて言ったらいいのか。


「悪い」と「不当」について

そもそも「悪い」とか「不当」とかに絶対の基準などなく、
そんな言葉はすべて便宜的なツールに過ぎない。
善も悪も正当も不当も絶対のことなんて娑婆にはない。


悪いという言葉は「ある評価基準を定めたときその基準に照らして劣等」ということで
何か絶対的な価値ではないし、受け入れたら終わりの烙印でもない。
どんな人も物事も必ずさまざまな基準で「悪い」ところだらけのはず。*1


何が善かを断言的に決めてくれる宗教に身をささげたうえでそれ以外の価値観をシャットアウトするんでもない限り、「私は・私の持説は悪を含まない」なんて自己規定は成り立ちようがない。そんなこと言えるのは馬鹿だけだ。我々や我々のやることは常に悪い。(これは原罪とかそういう話ではない。)
分別のある人間は「お前の判断は悪を含んでいる」なんて言われても何も困らない。


不当も同じ。
不当とは「ある条件や角度からみたら当たらぬ、正当でない」ということ。
まして誰かにとって不当でも全体の利益が増すからやるなんてことが社会にはある。
公共の福祉の為に人権を制限される人も居る。
一億人の生命と財産の防衛のために、戦略地点に住んでる人の家の隣に基地が建つ。
合理的だが不当なんてことは論理的にも現実的にもいくらでもありえる。*2



まあ馬鹿にも情状酌量の余地があるのだけど、
辞書には「ふとう【不当】当を得ないこと。正当・穏当でないこと。 」「あく〖悪〗正しくない。よくない。」なんてことしか書いてない。
このような評価なんて所詮すべて相対的なことですよとか多面的に見りゃ一つの物事にいろんな評価が混在しえますよという当たり前のことはいちいち説明しない。馬鹿は熱心に辞書を引いても自分の間違いに気付けないのだ。辞書は言葉について説明するだけで、それ以前の知性が備わってない人間のお尻なんかふけないものな。

増田は何を言っていたか

発端の増田が表明した女性専用車両への賛同は、「女性の安全確保の為に無関係な者(痴漢犯罪に関わらない全ての男性やゲイやトランス等等)への不当な権利制限に賛同する」って話だろうに。つまり彼は彼なりの勝手な基準で、「女性救済の為に無関係な者を巻き込んでこれこれの犠牲を強いるのは勘定が合う」と決めただけ。これは彼の中での合理性。


ただ彼はその「合理」が絶対のものだとか万人のものだとか考えてるような馬鹿達ほど思考力低くも自己中心的でもなかったので、自分の価値判断や自分の中での合理性は自分のものでしかないのを知っていた。


「犯罪者と同じ属性だからお前らの権利を制限する」というソリューションの不当さや危険性ぐらいは弁えていたうえに、「どうも弁えてない奴がいるぞ」ということまで気付いてたので、ああやってわざわざ注意エントリを書いたんだろう。


増田と馬鹿達の差

見解にさして相違もないのに、一般的でない語用を行いその語用自体をめぐって争うというのは、ばかばかしいことだ。私があまり実りのある話題でもないと思う所以である。

確かに増田のあんな話はばかばかしい。実りがない。
何故かと言ったら当たり前の話しかしてないからだ。
正直最初にチラッと読んだ時は「何を当たり前の話で力んでるんだ?」と思った。


けれどもウジャウジャと湧く馬鹿達を見て彼の方が正しかったのがわかった。
当たり前のことを弁えない馬鹿だらけならあの話をしておくのは極めて重要だ。
冒頭に引いたブログなんかはまさにその馬鹿達の思考が簡潔にまとまっている。


「合理的措置であろう」と賛同された途端に「そう、だからこれは善であり、正当であり、差別性などあろうはずもない、無謬の施策なの!」と信じられない勘違いをするお前等のような馬鹿が居るからこそ、彼はわざわざあんなつまんない当たり前のことを書いたんじゃあないのか。

そうだとすれば、上記記事も結局のところ、女性専用車両の設置を一般的な用法における差別にあたるとは認識しておらず、女性専用車両を設けることは差別でないとする者との間にさしたる差はないのではないだろうか。

差が無いわけないだろう。
彼とお前らじゃ考えてる内容がまるっきり違う。
増田は女性を痴漢からセーブするために、無実の男性やゲイに対する不当さを含む措置を是とした。
彼が男性であっても男性の全権代表ではない以上そんなことを「飲む」権限などないのだし、ずいぶん勝手なことを言ってるが、あれが彼の痴漢に怯える人達への労わりの気持ちだとか「善性」*3だと受け止めることは出来る。
物事をきちんと切り分けたうえ、施策の含有する不当性に気付きながら、女性の被害を重く見て、これぐらいなら関係ない奴に被せちゃうことを自分は肯定するのだ(悪を飲むのだ)という独自の勘定をし、「不当だけど合理」という結論を彼は出した。


「合理的なら不当じゃないし従って差別じゃないし’(辞書もそう言ってるぞう!)僕達の意見は絶対正義なんだモン!ルン♪」なんていう馬鹿達と彼に差が無いわけないだろ。知能が完全に断絶してるだろうに。
でも馬鹿達は「結論が賛同なら差はたいしてないはず」というぐらいのガバガバな認識しか出来ないのである。馬鹿だからね。*4


脳がどうなっているのだ

AyanoIchijo 本当に実りがないと思う。女性車両がベストとは誰も思ってないだろうに、女性車両はベストでない!とかわざわざ言っておいて代案も名案もないとか本当に実りがない。何もかもベストになんかならないよね現実は。
2018/02/26

こんな人気ブコメもついていたが、読解力が欠如している。
そもそも彼は「ベストでない」なんて言ってない。
むしろ解決策として肯定した上よりよい代案を出してない以上、女性車両のことを少なくとも現状での「ベスト」の案と認めてると見なしてよいだろう。*5


増田は「ベスト」「合理的」「賛成」だが「不当」「差別性を含む」と言ってるだけ。
これへのレスが「女性車両はベストでない!とかわざわざ言っておいて~」ならばその時点で「問題文を読めていませんね、0点」で終わりだろう。*6
相手のさして長くも難しくもない主張の読解すらいちいち間違うんだからもはや賛成反対言う資格ないし、何の議論にも続いていかない。



まとめ

いやもう本当に、
しみじみと頭が悪いな。
これはどう論じつけようとも叱ろうともどうにもならない気がする。
だって馬鹿なのだものな。


このブログ主個人をどうこう言ってるんじゃなくて、あの増田についてはあまりにもヘンテコリンなレスポンスが沢山ついていて、多くは内容の読解すら出来てないとしか思えない(たとえば「増田は女性車輌の撤廃を訴えてる」という前提のものとか)ものだった。


彼等が誠実なのはわかっている。
自分にとって面白くないけど反論の難しい言説に対してわざと曲解してから言い返すというせこい口喧嘩の手法があるが、彼等がそういうことをやってるんじゃないのは伝わってきた。彼等は自信満々だし本気だ。


本気でやっていて、人によっては辞書を引いたりとかブログを書いたりとかそれなりにリソースを投下したうえで、これだけぱあぷうなのだ。ならもう抽象的な議論に参加する意味はなくない?駒の動かし方を理解できない人(長年成長の兆しもない)が将棋大会に参加してるみたいなもんじゃん。

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読んでないけど馬鹿で検索したら最初に出てきた。
 
 
  
 

*1:こんなレベルのこといい大人に説明したくない。

*2:このていどのことって中学生ぐらいで自得することでは?

*3:善なんて言葉を使うとまた馬鹿が勘違いしそうで嫌だが

*4:増田を絶賛してるみたいになったが、あの増田も正義とかいう嫌な言葉を使ってたり追記で「不当」が段々混乱していったりしてて批判すべきポイントはある。馬鹿と比べると格段にマシということ。

*5:女性車両よりもベターで今から実現可能な案を持ちながら「女性車両に賛成」は成り立たない。念のため。

*6:ついでに、ブログの記事に賛同してるような口調のブコメだが実はこのブコメはブログの馬鹿な主張とは結構別の立場を表明している。

町山智浩が言ったら下層階級蔑視も庇う人達


えっ
この発言は文脈的に完全アウトですよね?



言葉狩りだ!」←はあ?

nejipico イギリスには今も階級が存在してることを無視して「労働者階級向け」で噛みつくのはただの言葉狩り
2018/02/15

ここでは「労働者階級」という言葉が狩られているわけではないし、労働者階級の存在が否定されているわけでもないですよね。「労働者階級は実在する!」という頓珍漢な擁護論陣を貼ってる人達は0点。



おつむ0点の人達のために説明します。
じゃあ日本らしく「高卒」で例えましょう。


・「日本社会には高卒が存在します。」=セーフ
・「ゲンダイ・フジはクズ記事ばっかり載せてる新聞です。」=セーフ
・「ゲンダイ・フジはクズ記事ばっかり載せてる高卒向けの新聞です。」=アウトだろ。


・「バクサイなんか見てるのか、あんな下品なサイト」=セーフ
・「バクサイなんか見てるのか、あれ高卒が見るもんだぞ」=アウトだろ。


・「このワインは安いけど不味い、今後は買わないでください。」=セーフ
・「このワインは安いけど不味い、高卒の飲み物ですよ。」=アウトだろ。


簡単なことじゃん?


デイリーメールをバカ低能が読む新聞だとdisるのはよい。*1
労働者階級」という存在を認めてその言葉を使うのもよい。
でもそれぞれを繋げたらそりゃアウトだろ。



いや、日頃から「ポリコレなんか気にしねーよガッハッハ」っていう人なら別にそれぐらの言動いいのかもしれないよ。でもそうじゃないならこれは完全にチョンボだろ。労働者階級、階層社会の下層にいる弱者の人々についての内心の見下しを口にまで出したんだから。見下してるにしてもせめて心の中に留めて尻尾捕まれないようにせんと。


で、町山と彼を庇うはてなの人達はそういう弱者への蔑視やらなにやらについて鷹揚な側、咎める側、どっちだったっけか?
ちなみに町山さんの次の本はこんなのらしい。


恥知らずなおとぼけさん若しくはバカたち

以上のように、「労働者階級」という言葉を使ったことが非難されるわけでも、「労働者階級」という存在を追認したことが非難されるわけでもない。
「労働者階級は、ありまあす!」という見当ハズレな所に論陣を張ってる連中はおとぼけさんかバカである。


下層階級蔑視の内心を持っていることも、それを口にまで出してしまったことも、やったのが味方と目する町山智浩ならば1つも咎めることが出来ず、無理のある論陣を張って擁護してしまう。


醜態だと思わないのだろうか?
状況や人を見てオンオフが切り替わるポリコレってなんなんだ?
一度でも正義の旗を持った人間はそれに抵触した者は親でも斬るべきである。
出来ないなら最初から身に余る物を掲げてはいけない。


ちなみに具体的な言動をさして「こいつらバカ」っていうのはポリコレ的に問題無い。
バカはポリコレ耐性の高い言葉だからお勧めだ。
だがせっかくのバカも余計な要素を繋ぐとアウトになる。
「こいつらバカだなー、きっと高卒だぜ?」と言ったらポリコレ違反であろう。
ポリコレ抜きにしても学歴とバカさは関係無いから不正確な偏見だ。

wideangle この発言単体の問題じゃなくて。普段から自らはボンクラ名乗りながらそのくせ男性労働者を小馬鹿にしてるからこういう時燃えるんでしょう。この方だけではないけど高学歴サブカルのボンクラ名乗り問題存在する。

そーよね。ポリコレの旗自体がどんなもんか審議中だが、特定層への攻撃性や蔑視を抑えきれないような人間が手にするのは愚行もいいとこだろう。当人はあっという間に矛盾に飲み込まれるし、旗自体もどんどん汚れるし。

*1:デイリーメール関係者を傷付けるがポリコレ違反じゃないだろう

ドクトリンとは戦闘教義、フラーの9原則とは別物

note.mu

また出たな、
軍事ネタを適当につまんでビジネスtips転用奴!



「戦いの原則」について

ドクトリンという言葉は確かに定義が結構曖昧だったり国によって解釈にゆらぎがあったりするんですが、あの記事がドクトリンの説明だとするならそれは間違いとはっきり言えるでしょう。


記事で紹介されてる箇条書きは英軍人フラーによるいわゆる「戦いの原則」です。重要な教理ですがドクトリンとは違うもの。何故戦いの原則とドクトリンを混同したのか想像もつかない。そんなヘンテコなこと書いてある本は無いと思うのでnoteネタ仕入の為にものの本をボヤーッと流し読みして筆者氏の脳の中で混ざったと思われる。*1


ちなみに自衛隊リタイヤの戦争本など読めばフラーの戦いの原則はほぼ必ず出てくると思います。改良されながら現在まで米陸軍で採用されてるからです。一方でドクトリンの説明をちゃんとしてくれる人は意外に少ない。今更「ドクトリンとは何か」から論じるのは実務家の領域ではなくマニアとかオタクの領域だと言うことかと思います。


なのでせっかくだからドクトリンの説明をしておきたいと思います。

ドクトリンとは何か

ドクトリンは日本では「戦闘教義」と訳されていますが、要は得意技とか得意取り口みたいな感じです。自分の戦い方と勝ちパターンというか。相撲で言ったら力士によって「左四つで寄る」とかそれぞれの必勝の形があるでしょう。日頃の稽古もそれに向かって取り組みますよね。あれの軍隊版です。


ドクトリンは軍隊によってそれぞれ独自のものを持ちます。民族の文化や思想にも影響されます。本来離れた場所に住んでいた異民族同士の戦争は、大きく異なる戦闘教義によって勝敗が決定してしまうことがままありました。ピュアな異種格闘技戦が噛み合わないワンサイドゲームになりがちなのと似ています。


他の上を行く優れたドクトリンを開発して訓練すると世界を征服できたりします。アレクサンダー大王マケドニアファランクスであったり、チンギス・ハーン軽騎兵戦術であったり。
軍人の仕事で重要なことは、目の前の戦争を戦い抜くことと同じぐらい、次の戦争のドクトリンを開発すること(まだ誰も見たことがない戦争とその勝ち方を想像すること)です。技術や環境の進歩に合わせて新しい戦形を作っていかなければ必敗だからです。


ゼロからわかるドクトリンのいちれい「電撃戦

第一次世界大戦は膠着する塹壕陣地戦になりました。新発明された兵器「機関銃」の火力の前に歩兵が前進できなくなったからです。横に広がる塹壕が敵の塹壕によって迂回突破されないように、両陣地にらみ合いながらどこまでも横に伸びていく横隊の時代。
その頃には戦車も開発されていましたが、歩兵を小火器から守る動く盾のような運用をされました。これは塹壕戦の発想の延長から戦車を運用するものです。


「そうじゃなくて戦車をまとめて縦隊運用したら強いんじゃない?」という発想の転回をしたのが皆さんご存知のドイツ陸軍による電撃戦です。
司令部ではなく前線からの要請で航空機爆撃をし、そこに戦車が先頭で突撃、歩兵砲兵もそれに追随、横に広がった敵の戦線を一点突破して突破口の維持を考えずそのまま敵後方深くに侵出、重要拠点を破壊し連絡線や補給線を断つ。第二次大戦で電撃戦を使いこなすドイツ陸軍に対抗できる陸軍はありませんでした。*2


おわかりのように機動力と連携が命の戦法です。戦車の大量生産、歩兵砲兵の全機械化(機械化とはサイボーグ化ではなく全兵員を運ぶ自動車がつくということです)、無線の発達がこれを可能にしました。第一次大戦敗北後の戦間期にこの状況を想像し、戦い方を開発して、完全にこの為の生産と訓練をしていたわけです。このような軍隊の運用思想が戦闘教義、ドクトリンです。
 

すごいですよねグデーリアン
この優れた軍人のビジョンと研究が序盤西部戦線の一方的な戦況を作りました。
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以上、こんなのがドクトリンです。戦いの原則はドクトリンを開発する時にもチェックすべき基礎事項でありますが、あくまで戦いの原則とドクトリンとは別の概念なわけです。 
  
 

これビジネスに役に立つかなあ?

軍人じゃない人がフラーの9原則を覚えたってどうにもならなくないですか?


一口に「集中の原則」と言ったって、実際に戦場で当てはめて考える時には時間の集中なのか場所の集中なのかも分かれるし、その先に考えることが沢山あるわけです。
それをガサッとした原則中の原則だけ覚えて他分野に生かせるだろうか?


そしてそういうことを言いだした人は過去に一杯いて、みんな大好きドラッカーなども何十年も前に「軍隊の叡智をビジネスに生かすやで~」みたいなこと言ってるわけですし、吸い取れるものはだいたい吸い取られてビジネス啓蒙本に溶け出してると思いますよ。


あるいは、すっごい軍事話が好きで散々そういう知識を血肉にした人ならば、仕事の自分の分野に応用を利かせられる場面もあるかも知れないけど(あるかなあ?)、別に軍事なんか好きじゃない人が「ビジネスの為に戦いの原則を読む」って遠回りもいいとこでは?


当該note記事みたいに、明日仕事に生かせるtipsが欲しいと言うことなら自分の分野かその隣接分野のすぐ試せる知識の載った本を読んでるべきで、全然違う分野の本を読むなら趣味とか教養として割り切るべきではないでしょうか。


全然違う分野から明日生かせるtipsを拾おうみたいなスタンスは最高に意味わからんし非効率な気がする。



関連エントリ
ketudan.hatenablog.com





こういうのを「わーい たーのしー」ってただ楽しんで読むのが一番だと思うんですけどね。

すき。

*1:一応英語としてdoctrineには原則という意味もありますが、軍事ネタでわざわざカタカナで使っている以上混乱による誤用としてよいでしょう。

*2:無敵のドイツ陸軍を粉砕したのは電撃戦を不可能にするインフラ劣悪にしてだだっぴろい白い大地でした。Ура СССР!

渡辺直美さんがなにか嘘をついてるっぽく見える理由

※【ご注意】このエントリの主旨は渡辺直美さんが実際に嘘をついたということではなく、それを示唆するものでもありません。




アイドルユニットから渡辺直美さんへ贈られた名指しサイン入りCDセットがヤフオクに出品されていたという件、これを受けての渡辺直美さんのツイートです。


これが個人的感覚では、嘘をついてる人の喋り方の感じがします


何をもってそう感じるのか?
この喋り方は感情過多なんです。身に覚えのない疑いを掛けられた時の人間は感情豊かにはならない。身も心も硬くしながら誤解を解いてもらえそうな情報を出していく。


では嘘をつく時に感情過多喋りをする人の心理状態はどういうものかというと、覚悟が固まっていないのです。事態に怯えながら、嘘をつくのか、事実を告白して理解を求めていくのか、決心つかないまま嘘を付き始めた時ににこの喋り方をする。


外形的にはもう嘘に踏み切ってしまってるのに、心は理解を求めるモードになってて、分裂している。感情を沢山出すのは聞いてる人達の仲間に入りたいという心の動きです。自分へ疑いを向けている人達の仲間になったようなつもりで、今一緒に真相を考えてるような気持ちになって、そういう喋り方をする。嘘の為の戦略というよりは現実逃避したい感情の流れといったほうがいい。


渡辺直美さんの当該ツイートは「私も状況を理解出来ない」「今思いついたけど、掃除業者…?」ということをアピールしてます。語り口は、まるでリアルタイムで考えながら喋ってるような書き方でしょ? 


でもtwitterでリアルタイムの思考が投稿されることはありません。書いて、一瞬でも推敲して、決心してツイートボタンを押している。リアルタイムな混乱や推理が表現されたツイートというのは極めて演技的で演出性の高い発信なわけです。



このツイート、本件とは関係ないとある高校生(当時)の数年前のツイートです。
渡辺直美さんの今回のツイートに雰囲気がよく似ていませんか?
ツイート主の高校生はその後中学生を殺した犯人として逮捕され容疑を認めています。
容疑から遠ざかる為の戦略的な嘘であると同時に、事件に驚いている無実のみんなの仲間に加わりたい気持ちでこれをやってるのです。



ただ、渡辺直美さんはああいう芸風の芸能人です。常に感情過多のテンションで喋るのがキャラクターの維持として必要でしょうし、常にオーディエンスの共感を求めて仲間になろうとする動きは職業的な習慣でしょうから、この判定法をあてはめられません。また、演技的なツイートをするのだってむしろファンへのサービスでしょう。


一般人があの喋り方をしてたなら私は95%ぐらいで嘘ついてると判断しますが、渡辺直美さんなのでシロなのでしょう。あんな足付きやすいものを小遣い稼ぎで売るほど頭悪い人と思えないし。(もし説明出来ない何かがあるのだとすれば、欲しがる友人にあげたら転売されて困ってる、とかでしょうか。)



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ところで、覚悟の決まった冷徹な嘘つきはそういう喋り方をしません。自分が嘘をついて騙しきるのだとはっきり覚悟していて、どの情報を出しどの情報を出さないかを事前に決定していて、いざ嫌疑が掛かっても方針の通りに事態をマネージしようとするからです。


誰かに疑いをかけてみて、ただその人の普段の口調より硬く言葉少なになったら、その人は無実か、もしくは筋金入りの嘘つきだということです。この筋金入りの嘘つきというやつはみんなが思ってるよりは希少なものです。


セクサロイド問答まとめ


ええー。

2.inumash氏の主張と論拠

まず産業機械の登場によって何が起こったかを考えてみましょうか。

産業機械の登場によって人間が労働から解放されることはなく、むしろ"機械のように”、より長時間、より正確に、より効率的に働くことを求められることになりました。機械の登場によって"労働”それ自体を司るルールが一変してしまったんですね。

当時も「産業機械の発達によって人間は労働から解放される」という夢物語を語る人がいたそうですが、1世紀以上が経過した現代では、機械による人間の代替は"労働からの解放”という単純な結果とはならずに、労働の非人間化や機械への従属といった大きな副作用をもたらすものとなったわけです

まとめると
①「産業機械の登場により、労働者は機械のような労働を求められるようになり非人間化された」
②「セクサロイド登場により、女性に同じ運命が降りかかる」
ですね。




3.inumash氏論理の問題点①

①にも②にもパッと疑問が浮かびます。


①はそもそも…「産業機械を使う→労働者が機械のように扱われるようになる」というのが馬鹿のまとめですよね。その手の言説は感傷的なレトリックとしてそういう言い方をするのであって、社会分析として本気で採用するのはただの馬鹿です。


要するにモダン・タイムスと現実の歴史の区別がつかなくなってるわけで、だから風刺というやつに反対なんだ。冗談のために強引で乱暴な要約を取りだすというポンチ絵・ポンチ映画・ポンチ概念を段々馬鹿が本気にする。やってる方まで自分達のことを過大評価してシャルリーみたいに夜郎自大化する。


こういう人達の好きそうなマルクスですらそんなまとめかたはしてない。「生産手段と資本をおさえた資本家が立場を悪用して労働者を搾取した結果の重労働」という説明をとる。「機械を使う→人が機械にされる」という因果関係に論理的な説明すらない理論(そういうのは迷信という)よりよほどまとも。


18世紀半ばからのロンドンで過酷な労働環境が多く見られたのは何故か?機械が謎の力で人間を機械化したからではなくて、始まったばかりの資本主義が野蛮な側面をモロ出しにしたからです。

rgfx 「"代替物”であるはずものが"代替元”のあり方を規定するという逆転現象を起こしてしまう」わかりみ/雑に言えば、養殖マグロの味が天然マグロの味の尺度を規定してしまう、という話だよ。
2018/01/06

これは人気1位ブコメですが、inumash氏に賛同しつつ「機械を使うと人が機械にされるぞ」理論をもう少しだけ頭よさげに言い換えています。*1 


代替物が代替元のあり方を規定する。ほんとォ?


じゃあたとえば馬の役割だけど。 
馬って大雑把に19世紀までは、移動手段であり、情報伝達手段であり、機動力&突撃衝力を提供する兵器だったわけですよ。でも技術の発展によって馬の代替物となる機関車や自動車が普及しましたね?で、馬はどうなった? 


inumash-rgfx 理論だと馬は解放されずに従来の役割を強いられ続ける、それどころか自動車によってあり方を規定されるために、蒸気機関内燃機関に競り合うほどの速度と馬力を要求されるようになるんだよね。 歴史はそうなったっけ? 


実際には手紙も人間も小隊も鉄道や自動車で運ぶようになったよね。馬は解放されたよ。馬よりいい物ができたのに馬に過酷な基準を課し続けても利益ねーし。


こんな例はいくらでも出せる。
洗濯機の普及についてもどうだろうか。inumash-rgfx 理論では「洗濯機並みの効率での従来通りの手洗いを求められて家事労働者の負担は増す」筈なんでしょ? でも実際には洗濯機の普及で家事労働者の負担は大幅に減った。洗濯機に任せりゃいいんだからそりゃあな。


大元の産業革命からしても、労働者は「織機と同じ生産力を素手で出せ」とか求められたんじゃなくて、織機を動かすことを求められたんですよね。しかもその労働者達は必ずしも元からの紡績業者ではなく農村出身者とかだしさ。工場労働者と機械の間に代替元ー代替物の関係なんか全然ねえよっていう。


つーか産業機械登場によって機械のように働くことを求められるようになるのだっつーなら、産業機械登場以前は牛馬のように働くことや奴隷のように働くことを求められてたはずだから、それはもうどっちでもよくねーか?ってなるしさ。


もうつっこみきれねえ。



4.inumash氏論理の問題点②

①があのレベルな時点で破綻してるんだけれども、一応②について。
「産業機械登場によって労働者が機械のように働くことを求められた(①)ように、セクサロイド登場によって生身の女性がセクサロイドのような性役割を求められるようになる」でしたっけ。


ロンドンの労働者が長時間労働を拒否できなかったのは立場を悪用する資本家の邪悪さのためですが、そもそも長時間労働を求められたのは何故でしょうか? 


inumash-rgfx「機械が謎のパワーで労働者を規定してしまうからだよ!」
市場が開拓され成長し、需要が大変な伸びを示したからです。


セクサロイドの登場によってそんな風に需要が伸びるか?伸びねえよ。
何故か? きたない話で恐縮だけど、精液の量が決まってるからだよ。


風俗業を身も蓋もなく「射精産業」とかいうように、その需要は精液の量で限界総量が決まっている。セクサロイドがどれほど性能を向上させようが価格を引き下げようが、風俗とポルノのパイを奪い尽くしたところで終わり。


風俗・ポルノ業界人を失業させることはあっても、斯界業界人の労働への需要が増したりすることはないし、元より風俗業界と縁がない女性を動員するような事態は更にない。*2


もしも安価なセクサロイドの普及の後にまだ風俗業に従事していて1,000円ぐらいで売春している女性がいたら、それはセクサロイドの問題じゃなくてただの貧困問題だろう。その女性の悲惨の原因をセクサロイドに求めるのは、18世紀~19世紀ロンドンの長時間労働の原因を機械に求めるぐらいのアホですな。

5.まとめ

・産業機械は労働者を機械にするような怪奇パワーを持たない。
・代替物が代替元を規定するなら人間は機械以前に牛になったり馬になったり鍬になったり鋤になったりしたあげく今はスマホになってる筈じゃね? 
 実際にはアウトソースすることでその機能を手放せるし別のことをやれるようになるしやらざるをえなくなる。
セクサロイドは女性をセクサロイド化するような怪奇パワーを持たない。
 

以上よりセクサロイドにinumash氏の主張するような怪奇副作用は存在せず、むしろ技術発展による人力労働陳腐化の歴史を直視するならば、セクサロイド普及が女性の性役割からの解放に資するのは間違いないことかと思います。つか女性向けセクサロイドも産業化するから女性も楽しいじゃん。
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*1:こういう与太話術って完璧に頭おかしくなる前の内田樹がと得意としていました。彼はおふざけでやってたと思います。

*2:第三世界セクサロイドを輸出する国になったとしても残業が増えるのは「女性」ではなくセクサロイドの工場員やエンジニアだ。ねんのため。